T町キャンプハウス計画、一歩前に
建築家の友人に相談した、「両隣の古いビルに負けない3階建て以上のビルにするというT町における新しいキャンプハウス計画(妄想)」、まずは僕の両親と共有することに。
果たして、大きな方向性としては、彼らの賛同を得ることができました。
不要になった家は売れるか
(先日、亡くなった祖父のように)今暮らしている家で、二人とも健康に、他の人の世話になることなく人生を全うするのが、65歳を過ぎた彼らの理想だと思います。
少なくとも、今後、新しく家を建てたり、子ども(僕)の世話になったりすることは考えていないようでした。T町キャンプハウス計画を話し始めた時も、母は「もし健康面で何か問題が生じたら、施設に入って暮らし、家は売ればいいと考えている」と話していました。
しかしその考えは、現実味のない話に僕には聞こえたんです。
両親が暮らすのは、鳥取市内でも1000人以上の生徒を擁する小学校が2校あり、住宅地としてまだまだ価値があると言われているエリアです。しかし、以前の記事でも書いたとおり、遅くとも四半世紀後にはゴーストタウン化し始めていると、僕は考えています。
もしも、10年後、彼らが高齢者施設での生活を希望し、自宅を処分したいと考えたとします。
その時、同じような空き家がこの鳥取にどれほど増えているでしょうか? 僕には想像もつきませんが、かなりの数になっているでしょう。そんな状況の中、両親の家を求めてくれる人がおそらくいないであろうことは、容易く想像できます。そしてその頃には、両親の世代=団塊の世代が一斉に75歳以上になり、高齢者施設への入所希望者が爆発的に増えていることが予想できます。
つまり、不要になった家は売れないし、高齢者用の施設には入所できない。そんな未来になっている可能性が高いのではないかと、僕は考えています。
みんな、高齢者になる
そして、両親だけでなく、当然、僕たちも歳をとっていきます。今後、平均寿命がどんどん伸びていくと予測されていて(*)、つまり、みんなが高齢者になっていきます。
そんな時代においては、高齢者の自立した暮らしを自ら/社会が求め過ぎたり、社会サービスに過度に依存する計画ではなく、愛情で繋がっている信頼する人同士が、できるだけ集まって暮らした方が、お互いができる範囲で助け合い、支え合うことができるのではないか。
これが、新しいキャンプハウス計画のアイディアの根幹となる考え方の一つです。
建築家にプランニングしてもらうことに
大きな方向性については賛同を得た、と書きましたが、僕を含めたみんなの頭の中がまだボンヤリとしていて、具体的にイメージできていないのが実情。
そこで、ここから一歩先に進むための資料として、図面やざっくりとした予算感など、キャンプハウスプラン案の作成を建築家に依頼します。それを叩き台として再度話し合う場を持つということで、ひとまず両親への話(初回)が終了しました。
複数の家族、世帯が一つの土地の中に集いながらも、できるだけストレスが少なく、プライバシーを確保し、幸せに暮らせるプランをつくることは、ものすごく大変で、もしかすると逆に、解くことのできない複雑な状況を生んでしまうのではないか。
両親と話をしながら、ふと言い知れない不安が襲ってきた瞬間がありました。
もちろん、どんな状況になろうとT町キャンプハウス計画を絶対に実現させる! と考えているわけではありません。みんなが幸せに暮らせる一番のアイディアではないかと僕が勝手に考え、みんなにプレゼンテーションしているだけですから、今後の話し合いで「無し」になる可能性も大いにあります。
その時は、T町の土地を活用することを100%諦め、新しいキャンプハウス計画を考えることになるでしょう。いずれにせよ、来年、2017年のうちに、何かしらの結論が出ているはずです。
* 「平成24年版 高齢社会白書(全体版)」(2)将来推計人口でみる50年後の日本