「RANGE 知識の『幅』が最強の武器になる」を読んでみた
ものすごい本に出会いました。今年のはじめに手にしてもう何度、通読したでしょうか。僕がこれまで読んできた本(大した数ではありませんが)の中で、トップ3に入ります。
本(に限らず、ですが)に感動したり高く評価するのは、その内容もさることながら、タイミングが重要な気がします。
僕たちの娘は来年、就学を迎えます。いま、教育を含めた彼女の育て方について、その考えを抽象的なものからより具体的なものにシフトしていくべき時期だと捉えているのですが、本書がその大きなヒントになったことが今回の高評価の要因だと感じています。
自分のこれまでの生き方に対する新しい評価軸を与えてくれたり、今後どう生きていくかの指針にもなるであろうことも大きな点です。
このように冒頭からベタ褒めしまくっている「RANGE 知識の『幅』が最強の武器になる」をご紹介します。
僕(ら)の中にある根拠に乏しい「常識」
勉強やスポーツに限らず、バレエや将棋、プログラミングなど、早いうちから何かを子どもに学ばせることで、いわばスタートダッシュができる。幼い頃からある特定の領域に特化したトレーニングを継続的に受けることで、才能を伸ばしたり開花させたりする可能性が高くなる。
一般的にはそんな風に考えられています。
また、幼い子どもだけでなく、大学生でも社会人でも同様で、できるだけ早く学部やキャリアを定めてスタートを切ることが、専門性を高め、ひいては将来の可能性を広げることに繋がるとされています。
また、何かに取り組みはじめたら短期間でそれを辞めたりせず、頑張って継続する方が良いと多くの人が考えています。例えば就職面接で、幼い頃からずっと野球一筋でがんばってきた候補者と、部活や趣味がコロコロと変わってきた候補者とでは、前者の方が何となく良い印象を持つ方が多いのではないでしょうか。
本書は、それらのほとんどが根拠のない単なる思い込みであることを鮮やかに示します。
本当に衝撃的な内容で、全ての内容を事細かく紹介したいくらいですがそれならば実際に読んだ方が良いので(笑)、特に感銘を受けた部分を抜き出して、僕の感想を添えてご紹介します。
なお、本書を網羅的に非常に分かりやすく解説しているブログがありましたので、文末に記載しておきます(*1)。
グリットよりも大切なこと
アンジェラ・ダックワースが提唱した「やり抜く力」、いわゆるグリット(GRIT)は、2013年のTEDでの彼女のプレゼンテーションで世界中に知られることになり、現在では子育てや就職、人材育成などといったシーンで中核をなすキーワードの一つです。
現代のように複雑化した社会における問題を事業などを通じて解決するためには、苦痛や不安に耐えながらさまざまな障壁を乗り越えていかなければいけませんが、どれだけ才能があったとしてもグリットがなければ途中で諦めてしまい、結果的に成功を手にすることが難しいとされているからです。
しかし、本書で紹介されている研究によれば、グリットが高いからといって、さまざまな物事をやり抜き、成し遂げる可能性が一様に高いというわけではないようなんです。
紹介されている米軍の例では、グリットの高低が混在する人たちに厳しいトレーニングを課したり、現場勤務に就いたあとの動向を追跡記録していった結果、トレーニングを完遂した、仕事を辞めずに継続した人たちにグリットの高低は関係なかったとか。
ではどんな条件であればグリットが発揮されるのか?
ごくごく当たり前のことのように聞こえますが、自分が好きなこと、興味があること、適性に合っていることであれば、多くの人は非常に高いグリットを発揮します。
つまり、その人の嗜好性、適性に合致していることを見つけること=マッチ・クオリティを高めることが大切だというわけです。
マッチ・クオリティを高める方法
苦手だったり、楽しくないと感じていることを(無理矢理にでも)継続することで、グリットが獲得できる。それに一つのことに腰を据えて取り組むのはいいことだ。多くの人はそう考えます。
しかし、自分には何が合っているのか、つまりマッチ・クオリティを高めるという観点では、さまざまなことを試し、取り組んでみる方が良いのです(それに人生において、辞めることを決断する経験も、何かを継続することと同じくらい重要なものです)。
自分がそれを本当に好きかどうか、適性が分かる前からそのことだけに取り組むのはギャンブルのようなもので、18才で自分の専門や一生続くキャリアを決めることは、18才になったからという理由で誰かと結婚することと同じくらい困難なことだからです。
さまざまな物事に挑戦し取り組んだほうが、本書のタイトルでもある「幅(レンジ/RANGE)」を得ることに繋がっていくし、マッチ・クオリティを確認しながら到達した分野では高いグリットを発揮できるというわけです。
学問やスポーツ、芸術など分野を問わず、紆余曲折しながらレンジを獲得してある領域に到達した人は、早い段階で取り組みはじめた人に比べれば遅いスタートになるものの、知識や技術はもちろん、仕事であれば報酬や役職などの面で、早くスタートした人たちに想像以上に早い段階で追いつき上回るケースが多いだけでなく、革新的な仕事を成し遂げる確率の高いことが、たくさんの研究で分かっているそうです。
このマッチ・クオリティの考え方は、あまりに身近で当たり前のことのように思える事柄で、しかし現実ではそれを切り離して考えがちであることに本当に衝撃を受けましたね。
「いつ」結果を出したいか
さまざまな物事に挑戦してみる、試してみることは、長期的な視点を持つことも含みます。この「長期的な視点」で印象に残ったエピソードを一つ紹介したいと思います。
あなたは、子どもや自分が通う学校や塾の先生、家庭教師をどのように評価しますか?
例えば小学生なら、テストの点数が上がることで先生や家庭教師を高く評価するのではないでしょうか。「あの先生が担任になってから、テストの点数が良くなった」と。
しかし、多くの研究で得られた結果によれば、その時のテストの点数を高める教え方と、すぐにテストの点数に反映しづらいものの深く幅のある理解をもたらす教え方は全く異なっていて、短期的に見れば前者の方が成績が良くなるのですが、長期的に見れば後者の方が圧倒的に学力が高くなるというのです。
テストの点数を高めるためにたくさんのヒントを与え、領域を狭めてピンポイントで教えれば、その時の成績は上がるはずです。一方、関連する分野にも幅を広げたり、ヒントをできる限り減らして学生自身に熟考を促す教え方は将来、離れていた点と点が結ばれ学びを深めてくれるはずですが、直近のテストの点数は期待できないかも知れません。
短期的な成果を求める場合は前者が評価され、長期的な視点で捉える場合は後者が評価されるのは当然のことでしょう。
短期的な業績や結果を求められる現代の株式市場と同じで、学びの場においても短期的で分かりやすい結果が求められがちなのかも知れません。本当に必要なのはテストの点数ではないと多くの人が理解しているにも関わらず。
いま取り組んでいること、その結果をいつ出したいのか、出せばいいのか。子どものことだけでなく、自分の仕事の取り組み方、生き方についてもあらためて考えさせられる問いでした。
レンジ(幅)が生み出すもの
専門性が深ければ深いほど人材市場では高く評価されますが(メンバーシップ型の就職をする日本ではやや異なるかも知れませんが)、それが深すぎると、他の領域ので何が起こっているのか覗き見て情報を得ることが難しくなります。深い深い井戸の中にいる蛙です。
しかし、VUCA(*2)な時代と言われている現代にはシンプルな課題や問題はほとんどなく、非常に多くの要素が複雑に絡み合ったものがほとんど。
解決するには、専門領域を持ちつつも他の分野における知識や好奇心を持つ、自分の専門領域含めた物事に対して批判的思考、俯瞰的視点で接する姿勢、複数分野の情報から結論を類推するアナロジー思考力などが必要になってきます。
これには、ひたすら一つの領域で専門性を高めるよりも多様な経験=「レンジ(幅)」を持っている方が有利だ、というわけですね。
なかなか計画的に実行するのは難しいことではありますが、「レンジ(幅)」というキーワードを頭の片隅に置いておくだけで自分の行動が変わっていきそうな気がします。
・・・
この記事で紹介した内容は本書のごくごく一部。僕個人が特に印象的だった内容を取り上げていますので、違う人が読んでレビューを書けばもちろんここに記載される内容は変わってくると思います。
とにかく、たくさんの研究や論文、エピソード、実在の人物の人生を通じて「レンジ(幅)」の強みについて書かれた、圧倒的な読み応えと納得感のある本書、多くの方に心から推薦したいですね。
もちろん、いつか娘にも手にとって欲しいのですが、もし今、彼女に伝えるとすればなかなか難しい内容なので、めちゃくちゃシンプルに本書のメッセージを表現すると、次のようなものになると思います。
いろいろやってみよう!
好きなことを見つけよう!
(笑)
*1 Ayumi Media -生き抜く子供を育てたい- 「【図解レビュー】『RANGE(レンジ)知識の「幅」が最強の武器になる』【親なら必ず読みたい1冊】」
*2 VUCA = Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)